【書評|予想どおりに不合理】行動経済学から「企業組織」の在り方を考えてみる

【書評|予想どおりに不合理】行動経済学から「企業組織」の在り方を考えてみる

いきなりですが、質問です。

あなたは婚約した友人をお祝いするために、仲の良い他の友人たちも呼んで自宅でパーティーを開きました。

お肉が好きな友人のために、美味しいと話題の牛肉を買い、ローストビーフを仕込みます。

そのほかにもサラダやちょっとしたおつまみなど、友人をお祝いするために力を尽くしました。

そんな中で迎えたパーティーはもちろん大成功。

婚約した友人は涙を流して喜んでくれて、周りの友人たちももらい泣き。

みんながこれまでの友情に改めて感謝する、最高の時間を演出することができました。

ところが、パーティーもお開きという頃、友人の一人がおもむろに立ち上がり、財布を手に取りながらこんなことを言ったのです。

「ほんとうに素敵なパーティーだった!ところで今日の分の支払いはいくら?」

さて、あなたや周りの友人はどんな気持ちになったでしょうか。

社会規範と市場規範

先ほどの例文は「予想どおりに不合理」という行動経済学の書籍の中で紹介されている例文をアレンジしたものです。

恐らく多くの人は、「パーティーは台無しになった」と感じたことでしょう。

しかし、支払いの金額を表明した友人も、けして悪いことをしているわけではないですよね。

この裏側には「社会規範」と「市場規範」という二つの世界が影響していると著者はいいます。

社会規範は簡単に言うと「思いやり」「お手伝い」の世界です。

対して市場規範は「給与」「利息」など、行動に見合った支払いが行われるというシビアな世界といえます。

先ほどの例を見ると、

婚約した友人のためにパーティーを開く=社会規範
パーティーにかかった費用を支払う=市場規範

と、二つの世界が混在してしまったために、おかしな空気になってしまったということです。

企業価値は市場規範から社会規範へ移行している

さて、今回はそんな「社会規範」と「市場規範」を企業活動の視点から考えてみたいと思います。
※ここでいう企業とは営利企業を指します。

企業活動は「社会規範」と「市場規範」のどちらの世界でしょうか?

当然、「市場規範」です。

企業はモノやサービスを提供する代わりに、購入者から「お金」をもらいます。

その企業で働く従業員も、企業が稼いだお金の中から自分の能力や活躍に見合った「給料」を受け取ります。

これが成り立たなければ、企業は存続できず、働く社員たちにも給料が入ってきません。

では、企業は社員の働く力を最大限に引き出すためには、とにかく給料や賞与を多く払えば済むのでしょうか。

社会規範と市場規範によるモチベーションの違い

書籍の中で、社会規範と市場規範での人の働き具合の違いについてこんな例を出しています。

全米退職者協会は複数の弁護士に声をかけ、一時間あたり30ドル程度の低価格で、困窮している退職者の相談に乗ってくれないかと依頼した。

結果、弁護士たちは断った。

しかし、その後、全米退職者協会のプログラム責任者はすばらしいアイデアを思い付いた。

困窮している退職者の相談に無報酬で乗ってくれないかと依頼したのだ。

すると、圧倒的多数の弁護士が引き受けると答えた。

これは、市場規範が入り込むと、社会規範で考えることが一切消えてしまうという事例です。

お金の提示があった途端に、「この仕事は金額に見合っているか」といった考えになってしまうのが人間なのです。

給料額とモチベーションは相関しない

Harvard Business Review」によると、研究によって判明した「給与と仕事への満足感の相関性」は、なんと2%以下なんだそうです。

さらに、給料を上げると逆にモチベーションを下げる場合もあるようなのです。

具体的な研究結果の内容を引用します。

ある研究では128の実験を行い、仕事へのモチベーションを調査しました。基本的には意味がなく退屈な作業よりも、おもしろい作業のほうがモチベーションが高まります。

しかしその上で成果に合わせた報酬を与えると、なんとおもしろい作業へのモチベーションが25%も下がってしまうことがわかったのでした。

さらにこの報酬が、「現金などの触れられるもの」「予測できるもの」「あらかじめいくらもらえるのかわかっている場合」だったとき、モチベーションの低下は35%にも及びました。

引用記事:給料上がっても仕事のモチベーションは上がらないことが明らかに

つまり、この事実を知らないまま、「とにかく給料を上げれば従業員は満足する」と考えて企業経営を続けていくと、人件費は増え続けるが従業員のモチベーションを下がり続けるという結果が待ち受けているのです。

単純作業は給料額でモチベーションが上がる

この研究では、もう一つの面白い結果も公表されています。

単純作業だと給料額を上げればモチベーションが上がるという部分です。

では、これからの企業活動を考えたとき、単純作業を人間にやらせることは「正解」なのでしょうか。

「AI」の台頭で、多くの仕事がロボット化・自動化すると言われています。

実質、世界のタイヤメーカーであるブリヂストンでは2017年1月に、AIを搭載した最新鋭のタイヤ成型設備「EXAMATION(エクサメーション)」が稼働を開始。
エクサメーションの生産性は従来の成型設備より2倍に向上し、人手は3分の1に減ったといいます。

この「自動化」の動きはますます加速していくことは間違いありません。

つまり、給料の増減でモチベーションを管理できた単純作業をする従業員はどんどん減っていくのです。

この世の中の流れは、企業を経営する側にとって、これまでの組織運営(特に中小企業)を考え直す最後のチャンスかもしれないと思うのです。

バーニングマンから考える組織運営

みなさんは「バーニングマン」というイベントをご存知でしょうか。

バーニング・マンは、アメリカ北西部の人里離れた荒野で年に一度、約一週間に渡って開催される。各参加者は、この「プラーヤ」(Playa)と呼ばれる何もない塩類平原(en)に街を作り上げ、新たに出会った隣人たちと共同生活を営み、そこで自分を表現しながら生き抜く。

会場は、外部の世界から地形学的にほぼ遮断されており、電気、上下水道、電話、ガス、ガソリンスタンドなどの生活基盤は整備されておらず、一般のテレビ・ラジオ放送、携帯電話などもサービス提供範囲外となる。 売店や屋台、食堂なども一切ない。したがって、バーナー(参加者たちの自称。「燃やす者」の意)は、水、食料、衣類、住居、燃料など、自らの生存のため必要とするもの全てを、自らの責任において事前に準備しなければならない。

ブラックロック・シティの「市民」たる各参加者は、思い思いの場所に自らの手で設営したテントやキャンピングカーを家とし、他者と出会い、新規に友人を作り、交遊し、問題を解決し、コミュニティを形成する。この劣悪な自然環境下で生きていくためには、おのずから隣人たちと助け合う必要に迫られるのである。ここでは貨幣経済や商行為は忌むべきものとされており、明確に禁止されている。見返りを求めない「贈り物経済」(Gift economy)と、なによりも「親切なこころ」が共同体を成立させている(物々交換や、物とサービスの交換は推奨されていない)。

引用:wikipedia

つまり、市場規範を一切排除して、社会規範のもとで生活をするイベントなのです。

著者自身も実際にこのイベントを通して、「市場規範が少なめで社会規範が多めの生活の方が、気持ちよく有意義に充実感をもって楽しく暮らせると確信できた」と述べています。

こうした「社会規範のほうが、気持ち良いよね」という考えは企業の組織運営にも広がっています。

先進企業による社会規範の取り組み

いま注目されている施策に「ピアボーナス」という考え方があります。

従業員同士が、たがいの仕事に対してインセンティブを送り合うこと仕組みです。

そんな施策を導入しているのがメルカリの「メルチップ」です。

仕組みは簡単で、従業員同士でメルチップという「ポイント」を送り合うことができる仕組みです。

例えば、自分の同僚のAさんが仕事を手伝ってくれた。感謝をつたえるために、自分の持っているポイントから、Aさんにチップを送る。といった具合です。

このポイントは1ポイント1円に換算されて、給料に反映されます。

「お互いを称える」ことがモチベーションに繋がるという、社会規範の一つの事例ですね。

中小企業こそ、社会規範を取り入れる

私の勤める3名の零細企業では、人材の確保がとても難しい。

「年収○○万稼げる」といった謳い文句は使えない。当たり前だがそんな体力はないわけです。

それじゃあ、どうやっていい人材に入ってもらうか。社会規範で訴えるしかないのです。

とくにわたしより若い世代の子たちは、社会規範重視、つまり「お金で動く」ことが少ないように感じています。

社会に出て企業に勤めれば、1日の大半をその企業内で過ごすことになり、必然的に同じ会社で働いている人と一緒にいる時間が長くなります。

職場はいまや「生活費を稼ぐ場所」ではなく、「人生の目標」「意義」「自分の価値」といったものを見つける場所になりました。

零細企業にしかできない「社会規範によるメリット」の提示を、真剣に考える必要があります。

まとめ

これからますます「市場規範重視から社会規範重視」の世界に変わっていくと確信しています。

書籍「予想どおりに不合理」を読み、中小零細企業がどうやって生き残っていくのか、とても考えさせられました。

ちなみに、こちらの書籍内では他にも「行動経済学」についての実験と結果から、それを日常やビジネスに応用する考え方までが載っていて、読んでいてとても役にたつし、何より飽きない本です。

それでは今日はこのへんで。

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